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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2127号 判決

被控訴人 東陽相互銀行

事実

控訴人(一審原告、敗訴)は、昭和二十九年七月七日東京地方裁判所において破産宣告を受けた日栄交通株式会社の破産管財人である。

ところで、被控訴人株式会社東陽相互銀行は、破産会社所有の自動車二十四台につき設定を受け、昭和二十八年五月二十九日登録を受けた債権極度額一千万円の根抵当権の実行として、昭和二十九年一月十一日東京地方裁判所に右自動車競売の申立をし、同月十三日同裁判所に右自動車の監守、保存のため必要な処分の申立をし、同月二十六日右競売申立の登録を受け(但し、登録番号三―八九一〇九ないし八九一一二の四台については登録未了)、同月二十七日右自動車の監守、保存の処分の執行をして貰つたが、間もなく、右根抵当権を実行することも破産会社の負担する関税などの関係から必ずしも有利でないと考えるに至つて、破産会社に交渉して同年三月中旬右二十四台の自動車を被担保債権七百五十万円の代物弁済とすることを約束させ、同年四月十日右根抵当権を放棄し、同年五月二十八日右競売申立を取り下げ、同月三十一日右根抵当権の抹消登録を受け、同年六月三日右競売申立の抹消登録を受け、同月七日右自動車登録の抹消登録をして貰い、同月八日右監守保存の処分の執行を解放して貰つて、直ちに右自動車の引渡を受け、さきに(同年四月九日頃)右自動車二十四台につき訴外栄自動車交通株式会社との間にした代金七百五十万円の売買契約の履行としてこれを右訴外会社に引き渡した。

しかして、代物弁済は現実の給付が終つたときに成立するのであるから、破産会社から被控訴銀行への本件自動車の代物弁済は昭和二十九年六月八日始めて成立したものであるところ、その前に被控訴銀行の前記根抵当権の放棄が行われたのであるから、被控訴銀行は無担保債権につき右自動車の代物弁済を受けたことになる。

ところで、破産会社は、被控訴銀行が同会社から本件自動車について根抵当権の設定を受け、その登録を経た昭和二十九年五月二十九日までに既に納期の到来した国税約金二百八十八万円を負担していたので、所轄の芝税務署においては、被控訴銀行が本件自動車につき競売の申立を知り、その売得金につき配当を求めることになつていた。従つて、競売手続が完了すれば同税務署は売得金の中から右国税の交付を受け得たものである。しかるに、被控訴銀行が右競売申立を取り下げたため、右税務署は右交付を受けることができなかつたので、控訴人に対してその交付を要求するに至つた。しかして、国税は財団債権として一般破産債権に優先する関係上、被控訴銀行が抵当権の実行を取り止め代物弁済により本件自動車を取得したことにより、右税務署は右自動車の競売々得金から右滞納税の支払を受けることができなくなり、結局破産財団から優先弁済を受けることになつた。従つて、破産債権者は破産財団から前記国税約金二百八十八万円相当額の配当が受けられなくなり、それと同額の不利益を被るに至つたものであつて、右代物弁済契約は破産債権者を害するものであり、その当時被控訴銀行は破産会社の支払停止、破産申立の事実を知つていたのであるから、控訴人は本件訴状の送達によつてこれを否認する、と主張した。

被控訴人株式会社東陽相互銀行は、控訴人の主張事実中、破産会社が昭和二十九年五月二十九日までに納期の到来した国税金二百八十七万千七百七十四円を負担していたこと、これにつき所轄芝税務署から控訴人に対し交付要求のあつたことは認めるがその余の事実は否認する、と述べ、さらに、

破産会社と被控訴銀行との間の代物弁済契約により右税務署において破産会社が負担する滞納国税を控訴人に対し要求することになり破産債権者を害することになつたとするには、破産財団中に右国税以外の財団債権を支払つた後になお配当に適する財産が存在し、且つその額が国税額を下らぬことが前提条件である。若し破産財団中にこのような財産が僅少でも存在していたとすれば、破産債権者の有すべき利益額、また右国税へ優先充当されるために受ける不利益額は右存在額の範囲に止まるし、また、右存在額が零だとすれば、破産債権者にとつて利益額、また不利益額の存在するいわれはない。しかるに、本件破産財団中には右国税を除く財団債権を支払つてなお配当に適する財産は存在しない。

次に本件代物弁済契約を否認することができるためには、右行為と破産債権者の受けた不利益との間に相当な因果関係の存在することが必要であるに拘らず、このような関係はない。すなわち、右税務署は滞納国税等につき昭和二十八年十一月十八日に本件自動車二十四台につき滞納処分として差押をした上滞納税金一部の納付を受け、被控訴人の前記競売申立前に右自動車二十四台の内二十台の差押を解き、右代物弁済契約当時はなお残る四台(登録番号三―八九一〇九乃至八九一一二の四台)に対し滞納処分続行中であり、また破産会社は右代物弁済契約当時前記自動車の外に、右税務署において国税の優先徴収が可能である自動車十五台を所有していたものであるから、徴税官吏において職責を尽し徴税に努力したならば、右国税は完全に徴収できたものである。従つて、その後差押中の自動車の公売によつて得るところ僅少となり、他の自動車についても差押の実を挙げることができなくなり、その結果右税務署から破産財団に右国税の交付要求をすることとなり破産債権者に不利益を生ずるに至つたとしても、それは税務官吏がつくすべきことをつくさなかつたことに因るものであつて、被控訴人の所為によるもの、またはこれに伴つて生じたものではない。

しかも被控訴人は前記代物弁済契約当特その所為によつて一般債権者に不利益を来たす事情を知らなかつたものである。すなわち、被控訴人その店舗が茨城県中部にあつて破産会社に遠く、破産会社に関する情報入手が遅れがちであり、従つて前記代物弁済契約当時の破産会社の国税滞納額も金五、六十万円を超えないし、これに対しては既に四台時価百三十万円前後の自動車が差押中であり、また前記自動車十五台以上も残存しているのであるから滞納税金の徴収にも十分応ずることができるものと信じて右代物弁済契約を結び、訴外木下謙恵をして受渡に関する手続をさせたものである、と主張して争つた。

理由

証拠を綜合すれば、控訴人主張の代物弁済契約は、被控訴人の本件自動車に対して有する根抵当権放棄の行為、従つて右抵当権実行のための競売申立の取下等の行為と一連の関係にある行為と認められる。換言すれば、右代物弁済に関する契約の実現を目的として被控訴人において根抵当権を放棄したものと認められるのである。しかして、証拠により認めることのできる右抵当権の目的物件の価額(合計六百四十三万円を出ないこと)被担保債権額(合計金千百五十万円に達すること)等をも比較対照し、当裁判所は、右代物弁済契約は結局破産債権者を害することはなかつたものと判断する。控訴人は、被控訴人が右抵当権の放棄、従つて競売申立の取下をしなければ右競売手続において所轄芝税務署は破産会社に対する滞納国税約金二百八十八万円につき交付要求をしていたのであるから競売売得金中から右国税の交付を受けることができる結果、それだけ財団債権額の減少とこれに伴う破産債権者の受ける配当額の増加を来たすところ、被控訴人が右取下をしたためこのような結果が得られなくなり破産債権者は不利益を被るに至つた旨を主張するので判断するのに、証拠によれば、破産会社が昭和二十八年十二月頃約金二百八十八万円の国税を滞納していたこと、控訴人主張の競売事件において所轄芝税務署から滞納国税の交付要求をしたことを認めることができる。従つて、被控訴人の前記競売申立の取下により、右税務署が右滞納国税の交付を受けることができなくなつたことは明らかである。しかしながら、証拠によれば、右税務署は昭和二十八年暮頃破産会社に対し国税滞納処分として同会社所有の自動車四十台につき差押処分をしたが、その結果右自動車のうち四台の自動車だけで滞納税金の徴収の可能であることを予想することができたので、他の自動車に対する差押を解除し、右四台の自動車につき差押手続を続行中であること、及び破産会社には前記代物弁済契約当時他にも差押可能の自動車が存在していたことが認められるし、また他の証拠によれば、破産会社の負担していた抵当権により担保した債務であつて前記代物弁済契約の成立に関連して消滅した債務額は届出破産債権総額(金千二百四十二万二千六百十六円)に比し、相当多額に達することが認められる。これらの事実によれば、右代物弁済契約と一連の関係にある前記競売申立の取下があつたからといつて真ちに破産債権者の配当額の減少を来たし、破産債権者において不利益を被る状況にあつたものということはできない。

してみると、控訴人の本訴請求を失当として排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

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